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有機農業と自然栽培


先日、台風15号の影響で停電の続く中、三芳村の有機農業の大先輩の葬儀に行ってきました。ほんの4日前にたまたまお会いしたばかりで、まさかこんなに急になくなるとは思ってもいませんでした。普段は寡黙でぶっきらぼうなのに、お酒が好きで、飲んだとたんに相好を崩して饒舌になるという変身ぶりは、いま思い出してもおもわず笑ってしまうほどでした。しかし、ただののんべえではなく、全盛期のころにはどんなに夜更かしして飲んでいても、夏なら5時には畑で収穫をしているという働き者で、野菜作りの名人でもありました。私が以前所属していた無農薬野菜の出荷組合である三芳村生産グループの代表も務めた方です。私が三芳村で就農した頃、50代半ばの全盛期だった諸先輩方も、このように亡くなったり、大病を患って思うように仕事ができなくなったり、脱穀した籾袋が重くて持てなくなったよという淋しい言葉を聞いたりするようになりました。

 三芳村で代々農家のグループが有機農業に取り組み始めたのが1973年のこと。もう45年以上もの歴史があります。私が三芳村生産グループに所属していたころには、全国から次々と視察に来ていました。そして、2006年、三芳村最後の時に開催された有機農業の大会には、全国から大勢の人が集まりました。愛媛県今治市の担当職員として有機農業の取り組みも取り入れた地産地消の学校給食を充実させてきた安井孝さんも、有機食品宅配の「らでぃっしゅぼーや」を立ち上げた徳江倫明さんも、若いころに三芳村を訪ねて学んだとお話しされています。それほど「三芳村」の名は、全国に知れ渡っていました。それだけに、2006年に町村合併により誕生した南房総市で、そのような歴史ある地域の有機農業が着目されていないことはとても残念です。今日は、この有機農業という言葉について考えたいと思います。

有機農業か自然栽培か

 最近では、「自然栽培」という言葉がよく使われるようになりました。「自然栽培」という言葉の正確な定義を私は知らないのですが、堆肥や厩肥を使うような有機農業は格下だとされているような印象を受けます。わが家の場合、栽培法からすれば「自然栽培」かもしれないとは思いますが、あえて有機農業という言葉を大切にしています。なぜかというと、農業は栽培法だけで見るべきではないと思うからです。

 2006年に有機農業推進法が制定され、有機農業という言葉は社会的に認知されるようになりました。行政においては、有機農業は環境保全型農業という枠組みの中の一つとされていますし、一般に有機農業は農薬や化学肥料に頼らない農法という技術的な側面だけで語られています。自然農法や自然農そして自然栽培といろいろな言葉がありますが、これらも耕すのか耕さないのか、堆肥を使うのか使わないのかなど技術上の違いを表しているにすぎません。しかし、日本で1970年代から使われるようになった「有機農業」という言葉には、技術だけにはとどまらない意味が含まれていることを、私は学んできました。だからこそ、栽培法を表す「○○農法」や「自然栽培」ということばには、どうも馴染めないのです。

有機農業で大切なのは「信頼関係」と「暮らし」

 私が三芳村に来て三芳村生産グループで研修を受けるようになったころ、野菜の配送トラックに同乗して消費者グループの荷下ろし場所をまわっていた時のことです。荷下ろしが終わり出発しようとするときに、消費者の人たちに「ありがとうございました」と頭を下げられたのです。これには驚きました。都市で生まれ育った私は、商品を売る側がお金を払って買う人に対して頭を下げるのが当たり前だと思っていたのに、全く逆だったからです。つまり、三芳の有機農家は「商品」としての野菜を届けているのではなく、「食べもの」としての野菜を届けているということなのです。それが消費者の家庭の食卓を豊かにしているから感謝される。そして農家は対価としてお金をいただく。そのようにお互いに支え合うという信頼関係がわが家の大切にしている「有機農業」の本質の一つです(*注)。

 もう一つ三芳村に来て学んだ有機農業の大切なことは、季節により変化のある有機農家の暮らしを感じていただくということです。自らの暮らしを豊かにするために自給をすすめてそのお裾分けを広げていくことが、消費者の家庭へお届けする農産物をより豊かにしてゆくことにつながります。大手の流通業者などとの取引をしている有機農家や生産法人は、商品として特定の品目をたくさん生産することになるので農家の暮らしは見えなくなります。また、特定の品目の栽培は有機だけれども、それ以外は慣行栽培だという場合もあります。でも、私が学んできた「有機農業」は、自分たちが食べるものも消費者へお届けするものも区別なく、同じ田畑で栽培します。だから暮し丸ごと有機なのです。そんなわけで、○○農法や自然栽培といった生産技術を表す言葉はどうもしっくりこないのです。

 このように、わが家が掲げている有機農業ということばは、自らの暮らしを豊かにすると同時に、生産した食べものを大切に食べていただける方たちとのつながりを広げていく農業であり、まさに生き方ともいえる暮らしのあり方なのです。わが家では、安心・安全を謳ったことがありません。美味しいと感じていただけるかどうかが大切だと思っているからです。

三芳村で学んだ有機農業を継承する

 わが家は、有機農業をこのように考える頑固な二人ですが、有難いことにたくさんの方々に大切にしていただいています。このたびの台風被害を経験して、改めてそのことを強く感じました。農村は今、元気を無くしつつあり、国の政策は農業経営の大規模化を進めて農業に携わる人を減らそうとしていますが、有機農業のこのような豊かなつながりがあれば、わが家のような小規模農家でも暮らしていくことができます。そんな小規模農家を増やしていくことができれば、地域の農地と環境を守っていくことにもつながります。最近は研修に関する問い合わせと相談をたびたび受けるようになりました。10月からは、南房総市の新規就農者支援制度を受けることが決まった研修生を受け入れます。三芳村で学んだこのことを、何とか継承していきたいというのが、今の私が強く思っていることです。

*注)このような農家と消費者が直接つながることを、1970年代に日本ではじまった有機農業運動では「提携」と呼んできました。このような関係は海外でも「TEIKEI」という言葉で知られているそうです。最近では欧米で広がってきているCSA(Community Supported Agriculture)が知られるようになってきました。これは農場の近隣の消費者があらかじめ農家に代金を前払いしておいてから農産物を受け取る取り組みで、1986年にアメリカで始まったとされています。そのモデルは、日本の「提携」だったそうです。ただし、CSAでは、生産に消費者も積極的に関わることが特徴だということで、その点では日本の「提携」とは違う面もあります。いずれにしても、農家と消費者が直接つながることは、見直されるべきことではないでしょうか。詳しくは、日本有機農業研究会ホームページをご参照ください。わが家も会員になっている民間団体です。


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