新規就農当初の戸惑いと苦労
1997年の春、有機農業を学びたいと思い、何の縁もゆかりもなかった旧三芳村でも暮らしを始めた私。当初は、研修生として受け入れていただいた三芳村生産グループとその提携先である安全な食べ物をつくって食べる会が協力して建設した「みんなの家」の一室をお借りして過ごしていました。その後、以前新規就農した方が建てて住んでいた小屋をお借りして暮らすようになりました。
最初から心掛けていたのは、地元の行事や作業などには必ず参加するということでした。当初は、世間話の中に出て来る屋号や人の名前、そして聞きなれない方言などに戸惑い、なかなか話の輪に入っていけないということもありました。それでも、いつも参加することで少しずつ声もかけていただけるようになりました。そして冠婚葬祭についても、ご近所のお付き合いに参加することにしました。独身なので、このようにいろいろな用事や週3回ある三芳村生産グループの出荷場での作業と週1回の野菜の配送などがあると、農作業は全くできなくなります。そんなこんなで思うように仕事ができなくて苦労したことも随分ありました。
三芳村が名実ともにふるさとに
ご近所3軒の葬式と法事を過ごしてきた6年目のことです。そのご近所の方から「親戚に跡継ぎのいない家がある。田んぼも持っているのだが、養子に入る気はないだろうか」というお話を持ちかけられました。そのお話を持ちかけてくださった方は、村の助役を退職されていて、後に地元農協の組合長を務められた方なので最初は驚きました。その方も朝早くから畑に出て仕事をされていましたが、「私が畑に行く頃には、あんたはもう畑に出ている。この人なら、農家として跡をしっかり継いでくれるかもしれないと思った」と言われました。私もそのころには、この土地でずっと暮らしていきたいという気持ちは固まっていたのですが、養子に入るということは考えてもいなかったことでした。それでも、このお話をいただいてからそれほど時間を要することなく、お受けしようと決心し、両親からも承諾を得ました。義母はまだ健在でしたが、以前村議会議員も務めた義父はすでに亡くなっていました。こんな経緯で、この土地に縁もゆかりもなかった新規就農者である私は、この八木家の跡取りとして生きることになりました。神奈川県出身の妻とは、彼女が住み込みの研修を受けていた東京世田谷の有機農家・大平農園での見学会で知り合い、私が養子に入った年に結婚しました。
その2年後に義母が亡くなり、自宅で葬儀を行いました。振り返ってみると、斎場を一切使わず、ご近所、親戚のご夫婦にお手伝いいただきながら最後まで自宅で行う葬儀は、私のご近所では最後のことでした。その後は斎場を使うことが多くなり、葬儀が形式的になってきました。それでも、竹やワラを使ってのぼり旗や金剛杖などをつくり、参列者みんなで自宅からお墓まで葬列をつくってお見送りする野辺送りは今も続いています。長くその土地で暮らし、周囲の人たちとの様々な深いかかわりを持ってきたご近所の方の死を、このようにして弔う風習はとても大切なことだと感じています。
今こそ初心を大切に生きる
37歳で八木家の養子となった時、縁もゆかりもなかった私がこの家に来ることになったのは、きっと私に役割が与えられたからだ、と思いました。生まれてから30歳まで都会で過ごし、今は新規就農者として必死に生きようとしている自分だからこそ果たせる役割があるはずだと。もちろん、そのころはまだ自転車操業の状態で、そんな役割を果たせるような実力もありませんでした。就農から20年が過ぎたとき、元気いっぱいだった先輩たちの年齢が上がり、病気になったり、亡くなってゆくのを目にして、自分だからこそ果たせるかもしれない役割に目覚める時だと思いました。有機農家としての実力は、名だたる先輩方に及びもしませんが、有機農家として大事なことは、笑顔を忘れず、落ち着いて、日々の暮らしと田畑の作業を大切に生きているかどうかということだと思うのです。その点では自信があります。そのような有機農家としての暮らしの良さをぜひ多くの若い人たちに感じて欲しい。研修生の受け入れや、農園の作業への参加の機会をつくることを通して、そのような暮らしを選ぶ人が少しでも増えていくようにしていきたい。今年に入って、そのような思いがますます強くなりました。
「念ずれば通ず」と言いますが、最近になって、立て続けに3人の相談を受けました。研修生の受け入れ⇒就農という流れを具体的に考えられるときがやってきたと思い、今はとても希望を感じています。私が三芳村へやってきたのもご縁、この家を継ぐことになったのもご縁、わが家を研修先として選んでくれる人たちと出会えたもご縁。希望を感じているときには、いいご縁がつながっていくことを、私はこれまで経験してきました。これからも、この家へ来た時の初心を忘れすに過ごしていきたいと思います。