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備蓄米騒動を冷静に振り返る(その2)

 前回に引き続き、備蓄米騒動について取り上げます。ずっと、お米の生産費が多くの農家の手取りを上回っていて「赤字だよ」とぼやく時期が長く続いていました。普通の事業なら、赤字では続けることができなくなるはずです。その頃に、「お米が安すぎるけど、このままでいいのか?」という報道も街中の声も聞かれなかったというのに、なぜ今は「高くて困る」という声ばかり報道で知らされるのでしょうか。そもそも今までが安すぎたという事実を無視し、農家の存在と暮らしを無視した理不尽な扱いに、憤りを感じます。

 今回も、備蓄米騒動についての話題を取り上げました。昨日7月5日の報道によると、新米が出回る時期に合わせるかのように、備蓄米や輸入米が出回るようになり、2026年6月末の民間在庫量が、適正水準を大きく上回る見通しとなっていて、新米の価格が下落するという見方が強まっています。このような状況に、不安を抱く農家は多いのではないでしょうか。ますます離農に拍車がかかることになったら、政府はどう責任をとるというのでしょうか。

 毎月お米とともにお届けしている『やぎ農園田んぼだより』2025年6月号より抜粋して掲載します。

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(『やぎ農園田んぼだより2025年6月号』より)


「米じゃぶじゃぶ」は誰のため?

 先月号で、政府の備蓄米放出について書きましたが、その後もどんどん怪しい方向へと動き続けています。毎日、新聞の見出しを見るのが嫌になるほどです。まず『日本農業新聞』の見出しを追って、この間の動きをまとめてみます。

 

「“備蓄米ゼロ現実味―問われる食料安保(6月11日)」

「米3万トン輸入前倒し(6月13日)」「米価下がり過ぎ懸念(6月13日)」

 

 6月10日に、農相は随意契約で新たに備蓄米20万トンを放出すると発表しました。すべて売り渡されれば、備蓄米の在庫は10万トンにまで減り、適正水準とされる100万トンの1割になります。

一方、備蓄米が市場に出回るため、来年6月末の米の民間在庫量は、適正水準を10万トンほど超える(だぶつく)見通しとなり、産地では「再生産できない価格まで下落しないか」と不安視しているようです。

さらに6月12日には、アメリカなどから年間77万トン国が輸入しているミニマムアクセス米(1993年のガット・ウルグアイラウンド合意によって設けられた無関税の最低輸入枠の米。)について、9月には市場に出回るようにすることを表明しました。わざわざ今年の新米が出回る時期に合わせることが目的だと思われるこの措置について、大手米卸業者は、「国はどこまで米価を下げたいのか、ゴールが見えない。国産米の再生産可能な米価水準を割り込む恐れもある」と不安視しているそうです。

 農相は「じゃぶじゃぶにしていかなきゃいけない。それじゃなかったら価格は下がらない」と言ったそうで、農家が存続できる適正価格については何ら顧みず米価を下げることばかりに力を注ぐ姿勢は、農業と食料に責任を持つべき立場の人の理性ある言葉とは思えません。

 

本当のねらいは農地の規制撤廃か?

 さらに日本農業新聞の見出しから。

「農相 企業参入加速に意欲(6月16日)」

 

 農相は、農業への企業の参入に関する規制改革に意欲を示しており、17日には経団連(一般社団法人日本経済団体連合会:日本の代表的な企業、業種別団体などでつくる組織)の会長らと会談しました。

 農地は、食料を生産する場なので、その土地の利用には一定の制限がかかっていますが、それは私有地の形とはなっていても、国民の食料を生産することができる公共の財産という側面を持っているからです。そのため、農地を所有できる法人の要件は、農業関係者以外の出資割合は半分未満(最近、食品事業者に限り3分の2未満に緩和)に制限されています。企業は農地を所有しなくても農地を借りて農業に参入することができますが、農地を所有することにこだわっています。それは、農地を別の目的で使うことを考えているからではないかと思います。

 今農相が旗振り役を演じて起きていることは、米価の高騰という事態を鎮静化するというふりをしながら、実は農家つぶしを行うとともに、農地の規制を撤廃して、空いた農地を企業へ差し出すことが本当の目的なのではないかとさえ感じます。何しろ、米の生産量が足りていないという本質にはまったく触れず、それを改善していくための方策にはまったく関心がないと見えるからです。


ショック・ドクトリンという手法

 このように、危機や混乱に乗じて、規制改革や民営化などを一気に行う手法は「ショック・ドクトリン」と呼ばれるそうです。規制改革とは聞こえがいいのですが、実はそれによって儲かる、得する人たちがいるのが常だということです。

 米の価格を下げることばかりに熱意を持つ農相の様子を見ると、すでに一昨年の段階で予測されていた農業者の激減が加速化され、将来的には国民の食料不安要因を増やすことになるのではないかと思います。   

 元農水省官房長の荒川隆氏は、6月18日付『日本農業新聞』のコラムの中で、次のように指摘しています。


 大臣の「今は緊急事態だ」との大見えを張った発言に、消費者は一時のカタルシスを得ただろうが、緊急事態ならデュープロセス(適正な手続き)を無視しても良いのか。そんなまっとうな指摘をするメディアがいないことも空恐ろしい。国有財産の公平・適正売り払い手続きを定めた会計法令の従来の解釈も、主食用米の需給や価格に影響を及ぼさないよう長年かけて関係者間で築き上げてきた備蓄米の運用ルールも、どこかに放擲(ほうてき)されてしまった。

(中略)

早く「緊急事態」を脱却して、政府が正気を取り戻し、生産者の費用を考慮した合理的な米価が実現することを期待したい。

(*カタルシス:負の感情を解放してすっきりすること。筆者注)

 

 荒川氏が指摘するように、いまメディアが批判的に検証することなく、政府の方針や目の前に繰り広げられていることばかりを伝えているため、将来が危ないと感じる人は少ないかもしれません。しかし、冷静に物事を見つめれば、本当に危ないと思います。この田んぼだよりでは、農業の現場からの視点で、事実を知る手がかりをお伝えしていきます。              

除草作業も終わった6月下旬の稲の様子です。
除草作業も終わった6月下旬の稲の様子です。

 
 
 

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