top of page

備蓄米騒動を冷静に振り返る(その1)

 しばらくこのブログの更新ができませんでしたが、わが家のお米と一緒にお届けしている『やぎ農園田んぼだより』を毎月発行し、その時々の農作業の様子や農村での出来事、そして農業と食に関わる動きや報道などについて触れるようにしています。

 2025年5月号では、最近めまぐるしい動きのあった備蓄米騒動について書きました。その一部を抜粋して掲載します。

*****************


(『やぎ農園田んぼだより2025年5月号』より)


本質を忘れた「備蓄米」をめぐる報道

 最近妻が、新聞を読むたびに「イライラする」と言います。政府の備蓄米についての方針が無茶苦茶で、備蓄米制度がなぜ設けられたのかという本質をすっかり忘れ去ったかのよう報道が繰り広げられているからです。

 1993年のいわゆる「平成の大凶作」は、タイ米の緊急輸入が行われたものの、国産米が手に入らないという米騒動を引き起こしました。それを受けて始まったのが「備蓄米」制度でした。作況指数(平年の予想収穫量に対するその年の作柄)が、10年に一度の不作とされる92となったり、作況指数94の不作が2年続いた際に、緊急輸入しなくても済む水準として100万トン程度を備蓄することになっています。毎年播種前に20~21万トンを政府が買い上げ、5年持ち越した米から「飼料用」などとして売却するという制度で、本来は国民が飢えることがないように備えるためのお米なのです。

 ところが、最近の備蓄米をめぐる政策と報道は、本来の目的を忘れ、市場に米がたくさん流れるようにして価格を下げることだけが論点となっています。しかも、農水省の方針はコロコロと悪い方向へ変化しています。すでに財務省は、備蓄米の購入や保管にかかる財政支出を減らす方針を昨年打ち出していたので、備蓄米の放出はその流れとも合致しています。

 

備蓄米の投げ捨てで食の無保険状態に

 政府の備蓄米に対する方針が最近の短い期間にどのように変わったのかをまとめてみたいと思います。

 政府は、3月に21万トン、4月には10万トンの備蓄米を放出しました。そして5月15日には、7月まで毎月10万トンずつ放出するとの方針を打ち出しました。しかも、これまでは備蓄米を落札した業者から1年以内に同量の米を買い戻して備蓄量を維持する原則だったのを、原則5年以内に延長することにしました。翌16日には、今年2025年産について備蓄米の買い入れはしないとも発表しました。7月まで放出すれば、備蓄量は30万トンまで落ち込みます。農水省は年間需要量を663万トンと設定しているので、30万トンは、国民の食料16.5日分の備蓄でしかないのです。これでは不作や災害に対処できる十分な量とは言えないでしょう。

 とても農家のことを考えている人とは思えない農林水産大臣に交代したため、夏の参議院選挙対策だと思いましたが、打ち出してきた政策はますます無節操となり、あまりのひどさに怒りさえ感じます。

 備蓄米は政府が買い上げた「国有財産」なので、会計法という法律により本来は売り渡す際は一般競争入札が原則となっています。ところが、新大臣は、国が任意で売り渡し先を決める「随意契約」によって価格も安く売り渡す方針を表明しました。会計法では、災害など緊急性のある場合や売渡先が限られる場合など特別な場合に限って随意契約ができることになっていますが、今回は非常時の食料としての備蓄米の役割とは関係のなく価格を下げることを目的とするのですから、その原則から見てもつじつまが合いません。

 そして5月25日の日本農業新聞1面の記事にさらに驚きました。

①随意契約で、政府が決めた価格で売り渡す相手は大手小売業者にする。②まずは30万トンを放出し、需要があれば無制限に放出する。③国が業者から買い戻す期間を原則5年以内に延長するとしていた5月15日の方針を撤廃して「買戻し条件はなし」とする。

というものだったからです。国民のいのちの保険ともいうべき備蓄米を、米の価格を下げるといういかにも人気取り、選挙対策の道具として利用するだけでなく、大手企業を利するものだということは明らかです。


備蓄米の追加放出は何をもたらすのか

 7月までに30万トンの備蓄米が放出された場合、輸入米が急増している現状と、2025年産米が40万トン増える見込みであることなどから、今年の秋に生産者価格が下がる可能性も心配されています。「随意契約」という方法で政府が価格と売り渡し先を決めて備蓄米を放出することは、消費者目線では歓迎され選挙対策としての効果は大きいことでしょう

。しかし、地域の平均的な規模の稲作農家でもやっと手元にお金が残ったというくらいの水準にようやくなった米価がまた下がってしまえば、ますます田んぼの耕作をあきらめる農家が増え、規模拡大により生産の効率化を進める一部の農家は残るでしょうが、全体の生産量は間違いなく減っていくことでしょう。

 わが家のある南房総市の統計によると、農家の46%余りが農産物の販売額が少ない自給的農家となっています。しかし、そのような小規模農家が地域の農地を守り、家族や親せきの食料を生産することによって食料自給率を支えていることになります。そのような農家がこの先どんどん減っていけば、それだけ農地の荒廃は進み、食料の自給率も減っていくのは間違いありません。

 備蓄米の無制限放出により米の小売価格を下げるという今の政府の方針は目先のことしか考えない愚かな政策であり、そのツケは2~3年後に農村の荒廃と国民の食への不安の増大という形で現れ大きな影響を残す可能性があるというのが、農村の現状を肌で感じている私の率直な見方です。

 原価割れして安すぎたこれまでの価格を基準に「高すぎる」と騒いでみても、この先の農家数と生産量の減少を見通せば、消費者の得にはなりません。得をするのは、選挙対策に利用して票を得る政治家と、そのような政治的判断をうまく利用する大手企業だけです。一面的な報道に惑わされないことがとても大切だと思います。

田植えから3週間ほど経った5月下旬の田んぼの様子です。
田植えから3週間ほど経った5月下旬の田んぼの様子です。

 
 
 

Comments


bottom of page