小農について考える旅


私は先日、佐賀県唐津市の農民作家・山下惣一さんの話を聞く会に参加してきました。九州に行く機会はめったにないことなので、この旅行を「小農について考える旅」にしようと考え、2泊3日で大分、佐賀、福岡を訪ねることにしました。

中世の農村集落が現存する場所

 初日は大分県へ行きました。大分県の国東(くにさき)半島宇佐地域は、2013年にクヌギ林とため池がつなぐ農林水産循環が保全されていることが評価されて国連の食糧農業機関(FAO)から「世界農業遺産」に認定されました。その国東半島の内陸部に「田染荘(たしぶのしょう)」という場所があります。豊後高田市の一地区です。そこを訪ねました。

 ここは、かつて宇佐神宮の荘園(大規模な私有地)だったところで、平安時代あるいは鎌倉時代から集落や水田の位置がほとんど変わらずに残されていて、中世荘園村落の姿を今に伝える場所として「国の重要文化的景観」に選定されています。小高い岩山を穿ってつくられた夕日観音から見下ろした景色は、冬枯れのこの季節でも美しく感じました。このように900年以上も前からずっと地形が変わらないということ、しかもきれいに耕作され管理されていることがすごいと思いました。まさに暮らしがつくる風景だと思いました。

 この日は、別府に泊まりました。とはいっても目的は温泉ではなく、竹細工です。ここは全国で唯一、竹細工の専門学校があるくらいの中心地なのです。伝統竹細工産業会館や竹細工の専門店などを訪ねました。南房総も竹の多いところなので、これを活かすためのヒントを探しました。

圧倒された大規模な石積みの棚田

 2日目は、佐賀県唐津市に向かいました。唐津市内には規模の大きい棚田がいくつかあり、山下惣一さんも棚田を耕作しておられるそうです。私が行ったのは、それらの中でも特に規模の大きい「蕨野(わらびの)の棚田」です。5つの谷間にまたがって明治から昭和10年代までに造成されたということで、畔は石積みされています。各段の高さは3mから日本一の高さの8.3mまであり、八幡岳の中腹、標高150~420mの斜面に約40ヘクタール、1050枚の田が広がるという大規模なものです。「日本の棚田百選」そして「棚田の重要文化的景観」に選ばれています。

 道路を進みながら、石積の棚田がはるか上の方まで広がっているその空間に身を置くと、昔の人たちが稲作にかけた想像を絶するような時間と労力のことを想わずにはいられません。そして、今でも耕作しながら丁寧に維持管理されていることに驚きます。このような土地を訪ねると、大規模化、効率化一辺倒の国の政策がいかに現場を無視したものかを強く感じます。蕨野の棚田を出た後は、いよいよ「山下惣一さんの話を聞く会」の会場である福岡県の脇田温泉に向かいました。

山下惣一さんの話を聞く会

 山下惣一さんは、10代のころから実家で農業をずっと続けながら、数々の本や雑誌・新聞での連載コラムを書いてきた方で、82歳。これまでの著書は、共著も合わせて20冊を超えるそうです。実際に経験したこと、見聞きしたことを基に、お行儀良くしようとしないで、笑いを誘うような文章の中に厳しく物事の本質をあぶりだすというのが山下さんの流儀。例えば『いま、米について。』の中に、次のような文章があります。この本が出版されたのは1987年。日本はバブル景気に浮かれ、世界一の経済大国になったと豪語され、マスコミや著名な評論家たちが日本に農業はいらない!と農業批判を続けていた時代のことです。

「保護」といってすぐに思いつくのは何か。自然保護、あるいは失われていく資源、動植物の保護、社会的弱者・・・・・・といったものであろう。それらが誰によって何のために保護されるのかを考えれば事の本質はすぐに見えてくるはずだ。

 たとえば「トキ」という鳥がいて、大切に保護されている。これはトキのためになのか人間のためになのか。

「保護してくれ」とトキの親方が環境庁に陳情したという話は聞かない。保護しなければトキは黙って滅びるだけの話だ。あきらかに人間のためにトキを保護するのである。トキが絶滅することへの人間の側の感傷。あるいは弱い鳥が棲めなくなった環境が、トキにではなく人間に及ぼすであろう悪い影響への人間の危機感。これが保護の動機であり本質である。(中略)

 農業が手厚く保護されていると信じている人々にとって、保護されているはずの農業が、あるいは保護ゆえにいささかも発展せず、むしろ弱体化、衰退していくさまはなんとも不可思議な現象であろう。何しろ、この国の農民たちは、保護される側から保護されない側に逃げ出して、とどまることを知らない。これはなぜだ。不思議に思わないのだろうか。

 答えは簡単である。農業の保護は農業のためでも農民のためでもない。それだけのことだ。そして、保護されているようにみえて、じつは少しも保護されていないからにほかならない。 (P20~21より引用)

このような山下さんの作品に共感し、あるいは感化された人たちが、北は山形や新潟から、西は福岡・鹿児島・宮崎から、そして千葉の私と全国から集まりました。

 今回集まった20人ほどの人たちの中には私が就農する前から本を読んでご活躍を知っていた方もいらっしゃいました。このような方々と2日間、私自身も同じ百姓として座敷でゆっくりお互いの話に耳を傾けることができ、改めてこの世界で生きてきてよかったと思いました。山下さんの言われるように、百姓は儲からないけれども、みなその土地で暮らすために仕事をしています。だから、いろいろな工夫をし、楽しみを見つけ、いろいろな困難があってもしぶとく生きている。それが小農の強みであって、儲からなければ逃げてしまう企業的な農業との違いでしょう。有機農業かどうか以前に、百姓として生きている者の共通の思いを共有できる人たちが各地にいることに心強さを感じるとともに、元気が湧いてきました。

 山下惣一さんがどのようなことを書かれているかということについては、ときどきこのブログでもご紹介しながら、考えてみたいと思っています

有機農業の達人・古野隆雄さん

 旅の3日目の最後は、山下惣一さんの話を聞く会に参加された福岡県桂川町の有機農家・古野隆雄さん宅へ行き、アイディア農具である「ホウキング」を畑で実際に使って見せていただきました。「ホウキング」とは、箒ingつまり箒を応用した畑の除草機です。ホームセンターで手に入る松葉ぼうきを4本つなげて自作したもので、作物のある畝を丸ごと掻くと、作物を傷めずに株間の草までとることができるという画期的な農具です。

 古野さんは、田んぼにアイガモを入れて除草しながらイネとアイガモを同時に育てるという水稲合鴨同時作の技術を確立してアジアへ広めてきた著名な方で、先日はこのホウキングを持ってキューバへ行って来られたということです。まさに世界を股にかけているような方ですが、全然おごることなく謙虚な方で、そのお人柄にすっかりファンになりました。ホウキングについてもあえて特許を取らず、しかもyoutubeでその動画も公開しているのです。その姿勢から、一人勝ちではなく共存共栄しようとする本来の百姓の心を大事にされていることがわかる素敵な方です。人としての生き方のお手本だと思い、感動しました。

 このように、今回の九州旅行は、見聞を広めたという程度のものではなく、私にとって天職である有機農業の世界で楽しく生きていきたいという気持ちをますます強くする旅でした。私から見れば雲の上の人と言えるような方たちが、謙虚で、相手を尊重する姿を見て、私もこうありたいと生き方を学ぶ機会にもなりました。いつか私も若い人たちに同じように伝え、バトンタッチしていきたいと思いました。


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