今年は年明けから研修生になりたいとの相談をたびたび受け、そして3月以降は次々に研修生の受け入れが始まり、最終的には6人の研修生たちと春からの農繁期を過ぎしてきました。またそれと並行して、地域に有機農業に携わる人を増やしてゆくことを目的としたNPO法人を設立するための活動を始めたため、ブログ更新がなかなかできずにいました。しかしこの間、農業と食料をめぐって国内で大きな動きがあり、どうしてもブログで取り上げたいと思ってきました。
今回は、毎月お米と一緒にお届けしている『やぎ農園田んぼだより2024年5月号』より一部抜粋して掲載します。
(写真は、穂が出そろった7月下旬早朝の田んぼの様子です。稲の葉先に、吸い上げた水分が水玉となって宝石のように輝く美しい時です。)
農業所得の驚くべき実態
4月9日付日本農業新聞に2022年の1時間当たり農業所得の実態が掲載されました。農水省の統計をもとに調べたものです。それによると、農業全分野の平均は379円で、水田作では10円(個人経営体はマイナス34円、法人経営体は296円)、露地野菜は554円などとなっているのです。このうち水田作とは、主食用米以外に、飼料用米や転作の大豆や、麦などを含み、主食用米以外には転作の補助金収入も含まれているのにもかかわらずこの金額です。水田を耕作する農家が、平均時給10円、人にお金を払ってまで働いている農家も多いという実態が明らかになりました。水田からほとんど収入が得られなかったり、赤字の農家の中には兼業収入で生活している場合も多いのです。皆様はこの数字をどう思われるでしょうか。
これは、農畜産物の一般価格が、生産費を下回っていることが大きな原因だと思います。企業の生産する加工食品など工業製品は、そもそも生産費を下回っていて事業になりませんし、値上がりについて企業側の一方的な提示であっても消費者はしぶしぶ買い求めるのに、農畜産物については、農家がボランティア活動ともいうべき経営実態を強いられているのに当たり前のように食べものを安く手に入れてきたということに皆が気付いてほしいものです。
政府は今後20年間で農業者は120万人から30万人へと4分の1に激減すると認めています。このままでは農家の後継者が増えることはなく、いずれかの時点で生産量が不足することもあり得ると思います。
にわかに取り上げられた食料安全保障
このように農業者がどんどん減っていて、しかも日本の食料自給率は現在38%ほどにまで低下しているというのに政府は放置し、農家のボランティア活動ともいうべき経営を根本的に改善して農家を増やすための施策を長らく講じてきませんでした。でも、ウクライナ戦争や世界の人口増加、日本の経済的地位低下など様々なことが影響するようになり、にわかに「食料安全保障」ということばを政府が使うようになってきました。
一般にはほとんど報道されていないのだと思いますが、今の国会で農業政策についての大事な法案が審議されていて、成立も近いのです。その一つが、1999年に定められた農業政策の基本法である「食料・農業・農村基本法改正案」です(6月に閉会した通常国会で可決成立し6月5日に施行―著者注)。
第一条に記された施行当初の目的は「この法律は、食料、農業及び農村に関する施策について、基本理念及びその実現を図るのに基本となる事項を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにすることにより、食料、農業及び農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図ることを目的とする。」となっていますが今回の改正案では「この法律は、食料、農業及び農村に関する施策について、食料安全保障の確保等の基本理念及びその実現を図るのに基本となる事項を定め、並びに国及び地方公共団体の責務等を明らかにすることにより、食料、農業及び農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図ることを目的とする。」(赤字部分を追加)となっています。
また、元の第二条は「食料の安定供給の確保」であり「将来にわたって、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならない。」となっていた条文が、改正案の第二条では「食料安全保障の確保」となっていて、条文も「将来にわたって、食料安全保障(良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人ひとりがこれを入手できる状態をいう。以下同じ)の確保が図られなければならない。」となっていて、食料安全保障ということばが強調されています。
政府はこれまで、安全保障ということばを軍事に限って使ってきました。それがこの「食料・農業・農村基本法案」に盛り込まれたことに違和感を抱きました。それはなぜかというと、今国会に同時に「食料供給困難事態対策法案」(これも通常国会で可決成立―著者注)を政府が提出したからです。
4月11日付日本農業新聞の論説によれば、「新法の狙いは食の危機管理を政府一丸で行うこと。米麦、大豆、肥料、飼料などを重要品目に指定し、事態の深刻度に応じて生産・出荷調整や輸入を促す。供給量が2割以上減った場合、政府は生産者や事業者に食料確保に向けた計画の策定を指示。計画の届け出がなければ20万円以下の罰金を科す。」ものだということで、農家を生活困難に追い込んでおきながら、いざというときには,罰金刑まで科して農家に強制しようとする政府の姿勢には憤りを覚えます。
そもそも、生産費を下回るような米価は、食料・農業・農村基本法で謳っていた「合理的な価格」ではなく、食料自給率を上げるために農家を積極的に支援しようともぜず放任していた政府が、突然罰則をちらつかせて国民を飢えさせないように農家にカロリー確保のための生産転換を強制することができるという法案を提出してきたことは、もしかしたら国民の知らないところで何らかの戦争準備をしているのではないかとさえ疑ってしまいます。
現在日本の食料事情
それでは、もしも戦争などで食料輸入が出来なくなってしまった場合に、現状での日本の食料事情はどれほど危機的なのでしょうか。キャノングローバル戦略研究所研究主幹である山下一仁氏はこう述べています。
「輸入が途絶すると、食料自給率38%のわが国では深刻な食料危機が起こる。小麦も牛肉も輸入できない。輸入穀物に依存する日本の畜産はほぼ壊滅する。米主体の終戦直後の食生活に戻る。当時の米の1日あたりの配給は2合3勺だった。今はこれだけの米を食べる人はいない。しかし、肉、牛乳、玉着などがなく、米しか食べられなかったので、2合3勺でも国民は飢えに苦しんだ。1億2500万人に2合3勺の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要になる。しかし、現在の米の生産量は670万トンしかない。いまの供給量は、備蓄等も入れて800万トン程度しかない。輸入小麦の備蓄も2、3か月分しかない。危機が起きて半年後には国民全員が餓死する。」(2023年10月23日『プレジデントオンライン』掲載)
時折目にする山下一仁氏の様々なメディアでの主張は、私の考えと相容れないものがあるのですが、ここに示された数字は、冷徹な事実を示していると思いました。農業政策の誤りを反省せずにこの法案のような罰則を設けても、そもそも耕す人がいないのではないか。そんな気もします。
これまでわが家は、生産したお米を皆様に直接お届けすることを張り合いにして農業に携わってきたわけですが、もしもこの法案に書かれたような事態になり、政府の指定する供給目的での生産を強いられることになったら、今のように田んぼを耕作するのはやめたいねと、わが家では話しています。そんな時代にならないことを、願わずにはいられません。(『やぎ農園田んぼだより 2024年5月号』より一部抜粋)
次回は、地域の現状から見える日本の農業と食料の危機について書きます。
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