農村から失われた季節の挨拶

わが家ではちょうど稲刈りの真っ最中です。昨日は台風が近海を通り過ぎたのですが、幸いなことに大雨と大風の被害がなかったのでホッとしています。

 

 稲刈りというと、今ではコンバインという機械を使って刈り取りと脱穀を一気に行い乾燥機に入れれば終わり、というのが当たり前になってきました。コンバインもだんだん大型化し、経営規模が小さな農家は、コンバインを持っている農家に刈り取りを委託し自ら軽トラックで籾をライスセンター(乾燥と籾摺りを行う施設)へ運んだり、すべての収穫作業を委託するようになってきました。こうなると、田んぼを所有している農家でも、稲刈り作業をする農家と、まったくやらない農家が出てくるようになります。

 ところが、私が就農した23年前は、当地で稲刈りに関わらない農家はあまり多くなかったのです。勤めに出ていたり大工などの家業を営む家でも家族で食べる分だけはつくっていました。家族で田植えをし、稲刈りもまだはざ掛け天日干しをする家が多く、その季節になると作業する人たちがあちこちにいて、原一面に稲が干されていたものです。地区で共同管理する作業場(籾摺り機や精米機がある)は日替わりで各戸に精米当番が割り当てられ、皆が自由に使うことができました。

 そんな時代に、近所の商店に行くとそこのご主人に必ず言われたこの季節のあいさつは「秋は終わったかい」でした。「秋」というのは稲刈りのこと。そのご主人もずっと米作りをしていました。誰もが稲作に携わるのが当たり前だった時代には、この時期になると誰もが稲刈りのこと、そして天気のことが気がかりだったので、「秋は終わったかい」というあいさつで始まる世間話には共通の思いがあったものです。

 しかし今は、農家であっても田んぼに関わらない家も少なくない時代になりました。しかも機械化が進んでいるため、わが家ではまだ脱穀できないままにはざ掛けしている田んぼが2つの地区で8反5畝も残っているというのに、どちらの地区でも周囲の田んぼはすべて稲刈りが終わっています。9月の上旬ごろまでにぎわっていた近くにあるライスセンターも、今は静まり返っています。まるでわが家だけが取り残されたようですが、かつてなら同じように百姓をしている先輩たちと「今度の台風はそれてくれるといいがなあ」とか「台風ではざ掛けが飛ばされないように稲を下ろしておいたよ」などと世間話ができたものです。今はそのような話ができる先輩たちが何人も亡くなってしまい、また稲刈りという農作業が地域の共通の話題でもなくなってしまったことから、「秋は終わったかい」というこの季節の挨拶が消えてしまったのです。はざ掛けで使う、竹を組んでつくる干し場を当地では「ならし」と言いますが、この言葉もコンバインしか使ったことのない若い人たちには通じないでしょう。

 農村や農作業の変化に伴って使われなくなる道具や言葉が出てくるのは、仕方がないことです。しかし、たくさんの人が田畑で汗を流していた時代を知る私は、寂しさを感じずにはいられません。今は「スマート農業」ということばがもてはやされ、最先端の技術を使っていかに人の手を掛けずに、楽にやるかということに目が向けられていますが、わが家はたくさんの人たちにお手伝いいただいて一昔前の稲作を続けています。たくさんの人が田畑に関わるということは、その時々の田畑の様子や天気を気にしてくれる仲間が増え、共通の話題になるということ。自然と向き合うことの厳しさや自然の恵みをいただいていることへの感謝を共有することもできるでしょう。他者と同じ思いを共有できることは、人が前向きに生きていくうえでとても大切なことだなあと「秋は終わったかい」ということばを聞けなくなったこの季節に改めて思います。

 

 この地域に豊富にある竹を使うことでも意味のあるはざ掛けの稲刈りを、どうしたら若い人にバトンタッチしながら地域の田んぼを守っていくことにつなげられるのかということがわが家の悩みです。ネット通販をやるまでもなく欲しいという声がたくさんかかるようになってきたからこそ、何とかしたいのです。収穫したお米がおいしく、秋らしい農村の風景をつくり、たくさんの人たちと収穫の手ごたえを共有することができ、求める人はたくさんいるのにこれからますますはざ掛け米のつくり手は減るのですから、続けていくことは決してノスタルジーではなくて、必要とされる時が来るものと思っています。台風や秋の長雨に悩まされることもあるけれども、自然と向き合うのが百姓だから、それでも何とかしていくしかない。そんな気持ちを共有できる若い人たちとの出会いがあることを願いつつ、これから後2~3日かかる脱穀作業を無事終わらせようと思います。

 実は、来年から地域で受け持つ田んぼが増えることになっています。わが家が考えていることは、これまで通りにはざ掛けの稲作を続けることと微力ながら地域の田んぼをより広く守っていくことを両立させ、次の世代へとバトンタッチしていくことです。秋の作業が落ち着いたら、どう対処していくかをゆっくり考えたいと思っています。稲刈りサポーターとしてお手伝いくださった皆様にも、是非お知恵をお借りしたいです。


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