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温もりのある仕事が求められる時代 

今年2019年は、「国連家族農業の10年」の1年目になります。この取り組みは、地球規模の破壊や環境汚染、紛争や食糧偏在などの様々な問題を解決してゆくためには、現在の世界の食のおよそ8割を支えている家族農業(企業的でなく、家族の暮らしを中心とした農業)が果たしている役割を再認識することが重要であるとの世界の流れを反映したものです。残念ながら、日本では大きく報道されませんし、政府の農業政策は、家族農業を軽視し世界の流れに逆行しています。

 日本の農業政策は、大規模化とIT化・ロボット化(「スマート農業」と呼ばれる)を進めて、少ない人でも農業が維持できるように、逆に言えば、農村から人を減らしてもいいようにしてゆこうというものです。しかし、農業はロボットだけでできるものではないですし、家族で農業を営む農家は、お金を得るための農作業だけをしているわけではありません。そんな中、12月16日付の「日本農業新聞」1面のコラム「論点」で、日本総合研究所主席研究員・藻谷浩介氏が書いた「〈個業〉主役の時代へ」では、これからの日本の農業のあり方について、とても示唆に富んだ展望を書いていて、私は強く共感しました。


薬局とドラッグストア

 そのコラムは、藻谷氏の後輩についての次のようなエピソードの紹介から始まります。藻谷氏の後輩は地方都市の薬局の跡取り息子で、一般企業に勤めたのちに家業を継ぎました。しかし、ドラッグストア全盛の時代を迎えてその薬局をドラッグストアチェーンに売却して、その雇われ経営者として働くことにしたそうです。ところが、人の健康と幸せのためにあるはずの薬局が、お金儲けのために薬を売る薬局へと変わってしまったことに違和感を覚えました。そこで、改めて夫婦で都会へ移り住んで薬局を始めることにしたのだそうです。当然競争の激しい都会ですが、彼の薬局は緊急であれば24時間問い合わせに応じ親身にアドバイスする「かかりつけ薬局」として認められ、店舗を増やすとともに、若い薬剤師たちの指導もしているそうです。ここで藻谷氏が指摘しているのは、「薬は誰が売っても薬だが、病に苦しむ人が欲しいのは本当は、薬以上に〈安心〉なのだ」ということです。そして次のように続けます。

 「薬局を農家、ドラッグストアを企業に置き換えて読んでほしい。人の口に入るものを、利益第一で生産し続けることには、必ず無理が出る。その先にあるのは、(中略)一族優先の家業でも利益第一の企業でもなく、堺屋太一氏がかつて提唱した「個業」を営む者の時代ではないか。自分よりも利益よりも顧客の幸せと安心を重視して、農業に取り組む若者が増えていくに違いない。

 農協の未来も、減り続ける家業と心中するのでも、企業の奴隷となるのでもなく、ゆっくりと増える個業=プロ農家の、頼もしいパートナーになれるかに懸かっているだろう。 2030年ごろには、誰の目にもそう見える時代になっていると、予言しておきたい。」


高付加価値商品か、いのちを支える食べ物か

 いわゆる「平成の大合併」以前の全国全市町村や海外90か国を訪問して地域振興について考えてきたという藻谷氏の確信を持った予言は、わが家が取り組んできた有機農業のあり方と重なると思いました。1970年代から始まる日本の有機農業は、食べ物が人の健康に及ぼす影響や農薬や化学肥料による環境汚染の実態が明らかになり、近代農業へ疑問を持つところから始まりました。人の健康を支える食べ物を得ること、豊かな農村環境を取り戻すことが、そもそも有機農業の目的でした。有機農家が異端者だと思われていた時代には。

 しかし時代は変わり、2001年に有機JAS認証制度が始まり2006年には「有機農業推進法」が制定されて社会的に認知が進み、行政も扱うようになると、有機農業は「付加価値を高める農業」だという考え方が広がりました。これはビジネスとしての観点からのとらえ方であって、もともと「有機農業」という言葉に込められていた、人や環境を大切にする農業であるという意味が薄れてきたように感じます。

 「高く売れる商品をつくる」のか、それとも「人の命と健康を支える食べ物をつくる」のかということは、先の例にあるドラッグストアと薬局の関係にも似ていると思います。高く売れるから有機農業を営むのか、自分たちや相手の健康を考えて有機農業を営むのかという違いは、きっと相手に伝わるものだと思っています。「人の命と健康を支える食べ物をつくる」というしごとに生き生きと取り組む若者が増えていくことを期待したいです。


見直される小規模農家の役割

 藻谷氏のコラムからもう一つ考えたことがあります。インターネットを介して世界のあらゆる情報が手に入り、AIやロボットが人間の労働の一部を肩代わりし始め、いろいろな面で効率や手軽さが求められる時代になってきたけれども、その一方で、温もりのある仕事をする人が求められる時代にもなってきているのではないか、ということです。最近わが家の行事に参加してくださったり、農作業のお手伝いに来てくださる方たちの様子を見てもそう感じています。

 「人の命と健康を支える食べ物をつくる」有機農業は、儲けることではなく暮らし続けることを目的としています。だからこそ、温もりを感じられる仕事をするし、人の心を開放する場を提供することもできるのだと思います。このような小規模農家は、不要どころかますます必要とされることでしょう。そしてこれは、家族農業を大切にしようとする世界の流れにも通じます。

 

 

 今年はわが家も大きな災害に遭いましたが、その一方でたくさんの方からのお見舞いやお手伝いをいただき、人のつながりの大切さ、心強さを身にしみて感じることができたという点では悪いことばかりではありませんでした。ご心配くださった皆様に心から感謝しております。2019年のやぎ農園ブログは今回でおしまいです。1年間お読みいただきありがとうございました。来年も有機農業の現場から見える様々な話題を取り上げていきたいと思います。

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